Totte | スペイン・グラナダの世界遺産『アルハンブラ宮殿』


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今日はスペイン南部アンダルシア州のグラナダにある世界遺産『アルハンブラ宮殿』(La Alhambra)をご紹介します!

グラナダの街を見下ろすよう丘の上に建つ「城塞」&「宮殿」のアルハンブラはバルセロナにあるサグラダファミリアに次ぐ(年間260万人以上の)入場者数を誇り、イスラム教とキリスト教の二つの宗教が重なったヨーロッパでも類を見ないスペイン独特の文化遺産として人々を魅了し続けています。

宮殿内はとにかく神が細部までに宿るディテールだらけ!

▽こちらは『リンダラハの中庭』(Mirador de Lin-dar-Aixa)を眺めるバルコニー

Totte | アルハンブラ宮殿

と、ここで少しアルハンブラ宮殿の歴史を

アルハンブラは、アラビア語の «al-Ḥamrāʼ» (اَلْحَمْرَاء)で女性名詞の『』(スペイン語:‘la Roja’)を意味し、フルネームの«al-Qal'a al-hamra»は『赤い城塞』を指します。

アルハンブラ宮殿自体は白を基調としているのですが、一説では建物に使われた赤色の粘土が由来しているとされ、また、もう一説ではグラナダ王国を統治していたナスル朝La dinastía Nazarí)に赤色の由来があったことも。

そんなアルハンブラ宮殿は、8世紀のイスラム教のイベリア半島上陸に伴い、(後ウマイヤ朝の)都がコルドバに置かれた後、889年にはじめて現在の丘の上に軍事要塞として建設が開始されました。

Totte | アルハンブラ宮殿

それより200年後の11世紀頃からキリスト教徒のイスラム教徒に対する国土回復運動である『レコンキスタ』が本格化し、トレド(1085年)、コルドバ(1236年)、セビーリャ(1246年)がキリスト教勢力に奪還され、イスラム圏に残されたのはグラナダを中心とするスペイン南部のみとなります。

この頃からグラナダを首都としてイベリア半島最後のイスラム王国となったナスル朝(1238年 - 1492年)により住宅、官庁、軍隊、厩舎、モスク、学校、浴場、墓地、庭園といった様々な施設を備えられたアルハンブラ宮殿の本格的な拡張が開始されます。

Totte | アルハンブラ宮殿

1333年には従来の「要塞」の用途からナスル朝のスルタン(王)が住む「王宮」へと変わり、今日の宮殿内でも見どころの124本の大理石円柱が立ち並ぶ『ライオンの中庭』も造られます。

Totte | アルハンブラ宮殿

そんなスペイン最後のイスラム王国であったナスル朝も1492年にはレコンキスタによって陥落し、グラナダの街とアルハンブラ宮殿がキリスト教徒の手に渡ります。

今回はあえて写真を少なめに!というのも、ぜひぜひご自身の目でスペインを代表するイスラム建築をご覧ください!

文学から音楽、デザインから建築まで、時を超えて様々な分野を影響し続けるアルハンブラ宮殿へ!

Totte | アルハンブラ宮殿

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それでは次回、hasta luego!
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